ラジオドラマ「はす」
脚本演出 長野直幸
CUT1
BG.天国の雰囲気(たぶん自作)
幸正 (寝起きのような感じ)
うーん。
P.
 あれ、ここはどこだ? 何でこんなところにいるんだろう。さっきまで何してたっけか?
幸正mono そこは、どこまでも遠くまで、一面が黄金色に輝く雲の上で、まっすぐ延びる道端に寝ていたようだ。その道の向こうには、光り輝く、そう、まるで天空のお城のような建物が建っていた。
幸正 とりあえず、あの建物まで行ってみるかな。
BG.FO.
TA
CUT2
幸正 ふぅ、ついたぁ。
閻魔 やっとついたか、待っていたぞ!
SE.ブーンっていうような不気味な音
幸正mono 変な音とともに、妙な人間が現れた! いや、どうも人間ではなさそうだ!
BG.閻魔のような感じ
幸正 誰だよあんた。
閻魔 よく来た、法幸院釈正帝、現世の名を長野幸正。
幸正 法幸院釈正帝?
閻魔 そうだ、法幸院釈正帝、おまえの法名だ。これからおまえは法幸院釈正帝という名前なのだ。
幸正 まてまて、おれは長野幸正という名前が付いてるんだけど。
閻魔 それは、生きていたときの話、死んだおまえには法名という名前が付けられるのだ。
幸正 えっ? おれ、死んだのか?
閻魔 そうだ。おっ、そうじゃ、言い忘れたが、わしは、閻魔大王34世じゃ。
幸正 あっ、あんた、閻魔様なの?
閻魔 そうだ!
幸正 じゃ、本当に死んだのかぁ。
P. まてよ、閻魔様、俺、どうして死んだんですか?
閻魔 それを今からこの鏡で再現してやろう。
BG.FO.
CUT3
幸正mono 鏡には、俺の人生が生まれてから死ぬまで映し出された。最後、どうやら俺は、川釣りをしている最中に、溺れ死んだらしい。
閻魔 これが、おまえの一生、釣りのために生きたようなものだ。そこでだ、これからおまえに試験をする。
幸正 試験ですか?
閻魔 そうじゃ、試験じゃ。これからおまえの四十九日までに7回の試験をする。1回目は初七日、2回目は二七日、という風に四十九日までに7回の試験じゃ。
幸正 なんで試験なんかするんですか? おれ、テストが嫌いなんですよ。
閻魔 おまえには、太公望になってもらおうかと思っている。
幸正 太公望、ですか?
閻魔 そうじゃ、釣りの神様じゃ。その太公望になる素質があるかどうか、試験をするんじゃ。おまえの得意な釣りの試験じゃ、受けてたつな?
P.
幸正 はい。できるかどうかわかりませんが、やってみましょう。
閻魔 それでは早速最初の課題じゃ。まず、鮎釣りからじゃ。
幸正 えっ、鮎釣り?
幸正mono 北海道で生まれ育った俺は、鮎釣りをしたことがない。北海道には鮎がいないのだ! しかも、鮎は友釣りという特殊な釣り方をしなければならない。
閻魔 それでは、試験は一週間後の8月26日、初七日の日だ。いいな。
幸正 (自信なさ気に)は、はい。
CUT4
幸正mono それから1週間、特訓の日々が続いた。
SE.清流
幸正mono
幸正 くそっ、まただめかぁ。
幸正mono 普通の釣りは、浮きが沈むのを見て釣ればいいが、生きた魚がついている友釣りはそうはいかず、いつ釣り上げればいいか、なかなかタイミングがつかめない。
幸正 うーん、こまった。こんなところじゃ教えてくれる人もいないしなぁ。
SE.FO.
CUT5
幸正mono それから一週間後、1回目の試験日である初七日が来た。
閻魔 それでは、これから第一回目の試験を行う。
幸正 はい。
幸正mono 糸に囮の鮎を付け、そっと川辺から釣り糸を垂らした。
SE.清流のせせらぎ
幸正 (ささやくように)よし、いい子だ。
 いけ!
幸正mono そして、釣り糸が川の真ん中まで行くと、竿を上下左右に細かく動かした。
P.
幸正mono すると、10分ほどで、微妙に引きつけられる手応えを感じた。
幸正 きたっ。ここだ。
SE.バシャッという水の音
幸正mono 竿を上げると、生きのいい鮎が跳ね上がってきた。
SE.ピチピチはねる音
幸正 どうです。なかなか良い獲物でしょう?
閻魔 うむ、初めてなのにたいした腕じゃ、法幸院釈正帝よ、どうやって友釣りのこつをつかんだのじゃ?
幸正 はい。
SE.FO. BG.CI いままで、いつ釣れたのか、タイミングが掴めなかったので、積極的に竿を動かして、囮の鮎の動きを自分でコントロールしてやるんです。釣れたときに糸が引っ張られるので、そこを釣り上げると良いことがわかったんです。
BG.FO.
閻魔 うむ。まさしく鮎釣りの基本じゃ。その方、鮎釣りの試験。見事合格じゃ。
幸正 やったー!
閻魔 (咳払いをする)ほっほん。
幸正 (気づいたように)あっ、ありがとうございます。
閻魔 よし、では、次の課題じゃ。
CUT6
幸正mono そうして、来る日も来る日も、釣りの研究をしていた。そして、なんとか6回目の試験までが終わった。
CUT7
閻魔 ここまでこれるヤツはなかなかいない、ほめて使わそう。さて、では、最後の課題を発表する。心して聞け!
幸正 はいっ。
SE.心拍音
P.
閻魔 次の課題は、現世に戻って、自分の釣道具を持って参れ!
幸正 はぁっ?
閻魔 元の世界へ戻って、自分が今まで使っていた釣り竿をとってくるのじゃ。
幸正 はぁ。
閻魔 なんじゃ、釣りの課題じゃないので、拍子抜けしておるな。
幸正 えっ、えぇ。
閻魔 まぁよい。やってみればわかる。試験は1週間後の四十九日じゃ。それまで好きにしていて良い。
CUT8
幸正mono 言われたように、好きなやまめ釣りをして、一週間過ごした。そして、最後の試験、四十九日が来た。
CUT9
閻魔 さて、最後の試験じゃ。心の準備は良いな。
幸正 はい。
閻魔 それでは、おまえの釣道具をとって参れ。元の世界からこの場所へ戻るには、祭壇に飛び込むのじゃ。そうすれば、ここに戻る。ただし、30分以内だ! 30分以内に帰ってこなければ、元の世界で幽霊となってしまう。よいな。
幸正 はい。
閻魔 それじゃぁ、参るが良い。
SE.キュイーンという妙な音
CUT10
幸正mono そして、俺は元々生きていた世界に戻った。戻った場所は、家の床の間、自分の祭壇がおいてある場所で、ろうそくの薄明かりだけがついていた。
幸正 幸子!
幸正mono その祭壇の前には、妻、幸子が寝ていた。
幸正 直幸、それに、基樹も!
幸正mono そして、妻の横には、自分の息子2人直幸と基樹が寝ていた。
幸正 おい、俺だぞ! 俺だぞ! 父さんだぞ! 帰ってきたぞ! おい、起きろよ! 何で起きないんだ? 俺の言うこと聞こえないのかぁ? おい!
幸正mono どう言うわけか、誰も起きてくれない。大声で叫んでるのに、ぴくりともしない。
幸正 おーい、起きろっちゅうの! あっ。
幸正mono 息子を揺すり起こそうとしたのだが、手がすり抜けてしまう。
幸正 そうか、俺はいま、幽霊みたいなもんなんだ。通りでだれも気づいてくれないのか…。このまま朝になって起きるまで待ってみるかな。まてよ、30分以内に戻らないと、本当に幽霊になっちまうんだ! こうなりゃ急ごう。
幸正mono そして、釣り竿がおいてある、外の物置に向かった。
CUT11
SE.引き戸
幸正 えぇっと、どの竿持っていこうか。まず、これ持っていこう、これ高かったんだっけ。おっと、早くしないと時間が来る。
幸正mono ふと突然、後ろに人の気配がした。振り向いてみるとそこには…。
幸正 かあさん!
幸正mono そこには、黙って不思議そうにこっちを見ている、母、長野ミヨの姿があった。
幸正 かあさん! あっ、そうか、話をしても通じないんだ。でも、俺が見えるのか?
幸正mono それでも、母はだまぁってこっちをじっと見ているだけだった。
幸正 懐かしいなぁ。でもなぁ、かあさん、おれ、帰んなきゃならないんだよ。悪いな。
幸正mono すると、母は心なしか、寂しそうな顔つきをした。
幸正 そんな辛気くさい顔するなよ。こっちまで辛くなるよ。な、わかったから、もう寝ろよ。おれ、帰るよ。
幸正mono そういうと、俺の話が分かったのか、母は家に入っていった。
幸正 はぁ、なんか、帰りたくなくなってきたなぁ。
P.
 はっ、そうか、これが試験だったんだ。ここで帰らないと俺は永久に成仏しない。この懐かしさを振り切ってでも閻魔様の元へ、帰らなくちゃならないのか。
幸正mono このつらさを振り切れるかどうかが、この試験の勝負の分かれ目だったのだ。そして、俺は家族が寝ている祭壇へと戻ってきた。
幸正 それじゃぁ、俺は行くよ。天国へ。直幸、基樹、いい子でいろよ。
 幸子、いつまでも若くいろよ。おまえが来るまで、天国で待ってるから。
 おれ、天国で太公望になるよ。
SE.キュイーンという妙な音
幸正mono 俺は、涙を、必死にこらえながら、閻魔様の元へと、戻っていった。
CUT12
BG.EA
閻魔 よく戻ってきたな。
幸正 はっ、はい。
閻魔 何を泣いておる。ま、無理もないか、しかしな、その分、おまえには思う存分釣りをしてもらう。
幸正 しかし…。
閻魔 なに、心配するな。もう、絶対に溺れないような釣り場を用意しておる。そこにおまえの持っているその釣り竿で、糸を垂らすが良い。
幸正 はい。
幸正mono そして俺は、太公望という名にふさわしい、鮮やかな和服を纏い、蓮の咲く、それはそれは小さな池に、釣り糸を垂らした。太公望としての天国での生活が始まった。
CUT13
直幸 昭和63年8月19日未明、北海道広尾郡広尾町、豊似川上流支流にて、やまめ釣りの最中、崖から滑り、水中に転落して死亡。享年40歳。
 これが、私の亡き父、釣りと共に生き、釣りと共に死んでいった長野幸正の、太公望、法幸院釈正帝としての天国での生き様です。
EA



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